イブニング・セッション

プレゼンテーション:由雄 正恒
電子音響を伴わない器楽曲のためのアルゴリズミック・コンポジションについて

今回、昨年12月にピアニストの大井浩明氏から委嘱を受けて作曲したピアノのための作品「セクシー・プライム」についてとこの楽曲のために使用したMAXによるプログラミングの中身について紹介いたします。
この曲は、音楽の三要素である「メロディー」「ハーモニー」「リズム」と構成をMAXでプログラミングすることでできています。いわゆるアルゴリズミック・コンポジションになります。
プログラミングによって生成された音を楽譜に記し、演奏者の解釈を伴ってアウトプットされる音楽作品の良いところや課題点を、パッチの内部を追いながらみなさんと考察していくことを考えています。


以下、初演時に配付した作品解説を記載します。この解説には、楽曲構造について直接の種明かしのようなことを避け、アルゴリズムの元になっているキーワードをちりばめています。

Sexy Primes for Piano
東北での大きな地震の影響で、昨年とは違い浮きだった様子もないゴールデンウィークも明けて間もない水曜日。
珍しく仕事が早く終えたこともあり、無意識のまま帰路とは逆の都心に向かうホームに立つ。
とりわけ急ぐ理由もないのだが次に来る特急の空席が目に入り、券売機で特急券を購入してロマンスカーに乗り込んだ。
車内は閑散としていて隣の席に座る者もいない。
悠然と体を広げ、足を伸ばす。
終点まではたった数十分ほどの乗車ではあるが、疲れもあったのかついウトウトと眠りについてしまった。

感覚としてはほんの一瞬の眠りで夢か現実か朦朧としていたかと思う。
耳元で艶かしい声が聞こえる。
駅員は男性であると思い込んでいたためか、意外なサウンドによる短い睡眠からの目覚めは多少気分が良いものだ。
ここからどこに向かうかも決めてはいないが、自然と歓楽街のある東口へと足を進める。
兎角何時に来ても人の多さに翻弄されてしまうが、今日は週の中日で足元も悪くまだ時間も早いのか幾分往来する人は少ないように感じた。
それにしても、まだ夕方の早い時間にもかかわらず、普段より増して調子の良い兄さんからの客引きが目立つものだ。
目的がないまま歩いていると、以前通った時は目に入らなかった店の看板に引き寄せられていく。

“Bar セルゲー -今宵あなた様を生と死の審判に誘います- Dies irae”
この時代に到底つけることはないであろう、胡散臭げなキャッチコピーに釣られる客の顔が見てみたいと自ずと扉を開ける。
カウンターにはナチュラル・マスタッシュが印象的なバーテンと見る限り三十路に入ったばかりかと思われる女の客がいるのみ。
離れて座るにも客は他におらず、せっかくなので声をかけ女の隣に座る。
女の名は“エリコ”、数年前に上京してからというもの毎週通っている常連客だ。
関西訛りがあるので聞いたところ関西でも但馬地方の出身で、同じ兵庫県同郷とあってすぐに意気投合することができた。
彼女からの包容的な空気感が漂うがためか、六甲山から見る夜景、ハチ北高原でのスキー(彼女にはハチ北はダメらしい)など同郷話、日々の喧騒の愚痴からどうでも良いアホな話まで、何故か色々と話が進む。

そんな中、彼女の村にだけにある、習わしやしきたりの不思議な話を聞いた。
一つに、とある年に生まれた者は、男女問わず親族間や村で行われる催事は決められた年の月日で行うこととされ、他の年生まれの者とは別格な扱いをされるそうだ。
例えば誕生日は毎年来るものではなく、限られた年に年齢が一つ進む。
聞くところ、彼女の現年齢は5歳でありそれ以上の歳は取らないという。
また、結婚できる相手の生まれ年も限られていて、僕が後1年遅く生まれていたらエリコの相手候補者になれたらしい。
ただ、生まれ年が合っていても、特別な“愛の言葉 – Los requiebros – ”を共に歌いあって互いに感情を共感して同調させる儀式のようなものを成功させることが必要になるという。

その特別な歌は、数あそびのような歌で、100までの中の特別な数字を選び、選ばれた数字の中からさらに特定された2つの組み、3つの組み、4つの組み、5つの組みとグループを作り、その数字に可能な音域内で音程と緩急の調子をつけ、それらを連結することで一つの歌になるという。
また、求愛の儀式以外においては、この歌の旋律とリズムを混合させて編曲し、いろんな楽器で演奏しても良いとなっているそうだ。
説明を聞いただけでは難解で、どんなものなのか歌って聞かせて欲しいとお願いはしたが、特別な歌のため容易に人前で歌うことは出来ないという。
あっという間に時間は過ぎ、終電の時間も近づき、つい明日の仕事の現実が脳裏によぎり、また会う約束をしてその日は別れた。

それ以来、時間に余裕もない日々が続き、この日のことはすっかり記憶から失われていた。
ここ数年ゴールデンウィークもなく連日出勤が続いていたが、明けた今日は久しぶりに早く仕事を切り上げることができた。
今日は偶然にも同じ日で、ふと、6年前の出来事を想い出し、早々に店があった通りに足を向ける。
都会というものは入れ替わりが激しい。
すでに、あの日訪れたBarは別のものに変わっていた。
そういえば、今度会う時には例の歌のピアノ編曲版を一緒に聴こうと、約束していたのだが。


由雄 正恒 Masatsune Yoshio

神戸出身。作曲家、メディアマスターNo.75。コンピュータによる芸術作品の創作を専門とし、アルゴリズミック・コンポジション、音響合成、ライブエレクトロニクス、メディア表現を題材にした創作研究を行っている。電子音響作品は、国内外(ICMC-国際コンピュータ音楽会議、Contemporary Computer Music Concert, FUJI acousmatic music festival, MUSICACOUSTICA-BEIJIN, Festival FUTURA等)において演奏される。
昭和音楽大学作曲学科、IAMASアートアンドメディア・ラボ科を卒業。三輪眞弘に師事。MOTUS夏期アトリエ・パリ2006にてドゥニ・デュフール氏などからアクースマティック音楽作曲法とアクースモニウム演奏法の指導を受ける。日本作曲家協議会、日本音楽即興学会、情報処理学会音楽情報科学研究会会員、先端芸術音楽創作学会運営委員、日本電子音楽協会理事、昭和音楽大学准教授。http://masatsu.net